キンコン西野のやってる事はオタクなら理解が簡単(だが違う!)

オタキングがキンコン西野との対話動画配信で

彼のオンラインサロンの戦略を紐解こうとしたり

 

中田敦彦が自らがプロデュースしたネット番組

【WinWinWiiin】で

はねるのトびら終了時点近辺から、
プペル劇場版上映迄の西野の心理と行動の軌跡を
本人に向けてプレゼンしたりしていた。

 

結論から言うと、どちらも面白く、一般人が
気付きにくかった角度からの視点で西野の戦略と
その有効性、正当性を紐解き説明しようとしていて
充分に興味深かった。
殆どの視聴者が概ね納得し、西野への理解を深め
その印象も変わったのではないだろうか?オタキングとあっちゃん
やはりどちらも目敏く秀逸な動きをするなあと
視聴しながら感心したオタクダーであった。



さて改まって
キングコングの西野亮廣(にしの あきひろ)氏が行っている
ビジネススキーム(事業全体の枠組)を語るにあたって、
避けられない言葉は

【信用経済】と【オムニチャネル】

で間違いないと思う。

オタクダーはオタクだし
難しい経済の話は正直出来ない。

…そう言う訳で

ご理解を得られれば良いかな?程度をサラッと語るので、
不見識や無理解、理解難解な部分はどうかご容赦を…

それでは早速

【信用経済】

現代ビジネスではプラットフォームごとに数値化された信用(評価)が
金銭よりも重要だという考え方がある。

様々な問題を一旦横に置けば、例えば中国の【ジ―マ信用】

ジ―マ信用は、個人の様々な行動データをAIに解析させ、
スコアリングする事で個人の信用を数値化している。

このスコアが高い人間は、ホテルに泊まる時も、

レンタカーを借りる時も

ジ―マのカードを指し示すだけで申し込みも決済もできる。

名前や住所を書類に記載する必要も、その場で名乗る必要も無い。

徹底した個人管理を行われた結果、日常における個人情報の流出が
高いレヴェルでプロテクトされると言う、奇妙な逆転現象が起きている。

これが信用経済?

これってドウイウコト?

信用なんて昔から【一番大事】みたいに言われてきた。
それじゃあ今と昔で何が違うか?

それは…

【信用(評価)がプラットフォームごとに数値化されている社会の登場】

と言う情勢だ(特に日本ではまだ成長の途中だが)

  • Twitterのフォロワー数
  • YouTuberの登録者数
  • ヤフオクやメルカリの取引履歴と評価数とその内容
  • サロンやメルマガの登録人数
  • 食べログの評価

などなど…

現代社会では様々なプラットフォームごとに
人間個人の信用(評価)=価値が明確に数値化されているのだ。

  • 有用な情報
  • 応援したい行動
  • 個人の魅力
  • 作品や商品の魅力

上記他、個人が有する信用(評価・スキル・魅力)を
目に見える形で数値化し、肥大化させれば、
自動的に法人案件(仕事)も金銭も人員さえも手に入ってしまう。

簡単に言うとそんな話。

極端な話をすれば

【スクール水着で雑談配信する女子高生】が
30万人のフォロワー(登録者)を獲得すれば、
どんな希望が叶うか?
と言う話をしてみると良いかもしれない。

たとえば彼女が

「新しいパソコン欲しい」と言えば

誰かがパソコンを送って来るし

たとえば彼女が

「オリジナルの曲が歌いたい」と言えば

誰かが歌詞を作り
誰かが作曲し
誰かが楽曲のオケを作って来るだろう。

女子高生と言う若い存在とセットになった
パーソナリティには、確かにそれくらいの価値が有る。

それをブランディングして商品化まで持って行く事、
それが個人で出来てしまうのが、今と言う時代なのだ。

ではなぜこの流れには
登録だのフォロワーだのレビューなどの
【他人の同意】が必要なのか?

それが説明するに最も有効なの考え方

それが

【ウィンザー効果】

これが一つの大きな答えになるだろう。

 

【ウィンザー効果とは?】

人間は本人の発言よりも、その人間を知る第三者の意見を信用する。

これはどういう事か?

例えばパスタ店の店長が

「俺はイタリアで修業した一流だ!どの店よりも安くて美味い!コスパ最高の店だ!」

と言ったところで誰も彼もがその言葉を信用するだろうか?

一方、その店に通った一般の入店客が

「この店、態度が横柄でウザかったし、パスタは不味くは無いけど高く感じた。コスパはイマイチ」

と言うコメントを食べログに書き込んだならどうだろう?

食べログの書き込みに関しては色々な問題もあるが、
多くの人々はどうしても
金銭を目的とした食事の提供を行っている店長よりも

金銭と時間を消費(犠牲に)してその感想を提示した
損得勘定の範囲外にいる入店客の感想を信用してしまう。

西野亮廣氏はこの
【疑似的な絶対信用】をスキームの根幹に置き
その信用(評価・魅力)を駆使してビジネスを
展開している(自著でもそう公言している)

随分と簡単な説明で申し訳ないが…これが信用経済だと
概ねのご理解がいただければ幸いだ。

 

【オムニチャンネル】

次にオムニチャンネルとは?

この説明もやや本筋ではないのでサラっと
行きたいところですが…

まず似た様な…と言うか進化の過程的な存在としての
【マルチチャンネルとO2O】の説明から…

【O2O】

【O2O】とは【Online to Offline】の略

これはオンラインからオフラインの店舗に誘導すると言う考え方。

例えば、ECサイト(自社商品・サービス等を、独自運営のウェブサイトで販売するサイト)
を使うユーザー等にクーポンや情報を付与して、実店舗での購入拡大を計るなどと言う感じ。

このシステムで物品を購入したりサービスを利用した人も多いはず。

 

【マルチチャンネル】

【O2O】をさらに進めたのが、マルチチャネル
簡単に言うと
複数のチャネルを使い、ユーザーが求める情報や商品を提供すると言う考え方。

これはもう、オムニチャネルの1歩手前の段階と言って差し支えない。

これもECサイト・SNS・メールマガジン・テレビCMまでもをなどを駆使して、
様々なチャネルからユーザーにアピール・アプローチすると言う感じ。

ただし、それぞれのチャネルは独自の動きをするのみで、
個々の統合や連携に関しては、オムニチャンネルと比べれば未発達な状態。

 

【オムニチャンネル】

そして【マルチチャネル】における個々の動きをシームレスに統合し、
どのチャンネルを利用した場合でも、その一人一人の状況に応じた
一貫性のあるサービスを提供し、各販売チャネル等を統合、どの販路からも
ユーザーが商品をスムーズに購入可能となる事に主眼を置いた考え方が
【オムニチャンネル】

西野氏はこのスキームを嫌儲(儲けようとする全ての行動は悪と捉える人々)
の蔓延るオタクの坩堝、ネットの世界でやってのけた。

彼は現在、経営における各チャンネルの情報を一括に統合し、
全てのサービスを顧客に対し、シームレスに提供している。

これは統合的な顧客とのエンゲージメントを既に完成させたと言っても良い。

つまり個人から初めてたったの10数年で
この【オムニチャンネル】を構築・成立させたという事。

そしてそれを「最初から狙っていた」という事。

これは進撃の巨人のストーリー構築並みに凄いと思う。

 

 

【これらの動きをオタクの視点で紐解けば】

難しい話はこの辺で限界なので…
そろそろオタク的なアプローチに移りたい。

オタクダーはオタクなので
岡田斗司夫(オタキング)の配信から色々と語ろうと思う。

 

【西野亮廣氏が行った絵本製作の分業制】

西野亮廣氏は絵本の制作を分業化した。

絵を一つとっても

  • キャラクター描画のレベルが高い人

  • 自然背景の描画レベルが凄い人

  • 人工物の描画レベルが凄い人

  • 上記全てのデザインレベルが凄い人

これらは全て別の人間である。

当然

  • ストーリー

  • 演出・台詞創作

  • その他もろもろ

これらも同様だ。

ならば絵本製作を様々なパートで分けてみれば?

其々の部分に一流の人間を配置すればどうか?

西野亮廣氏はこれを実行した。

 

簡単に言えば

【映画製作のシステムを絵本製作に代入した】

という事で、大体は間違っていないはずだ。

こうして聞いてみれば誰でも

「そりゃそうすりゃあいいじゃん?」

と思うはず。
オタクダー自身もそう思った。

では何故今までそういう絵本は無かったのか?

それは【経費問題】だ。

絵本業界は【五千冊売れればヒット作】と言われる
小さな小さなマーケットだ。

これは二次創作の同人誌における
1ジャンルよりも小さいかも知れない
(実際、東方Projectの20%以下だろう)

つまり絵本業界は

【分業製作では採算が合わない業界】
【故に作家一人で全てを制作しなければならない】

という状態だという事だ。

西野亮廣氏はここでその現状を

「現状では全てにおいて高品質の絵本は出来ない」

「コストは業界側の都合で、購買者には関係の無い事情」

と切って捨てる様に言い放ってる。

これは大胆不敵な発言だ。

「絵本業界は構造的問題が原因でクオリティが低い」

「低質な商品提供で、市場を自ら縮小させている」

そう言っているのと同義であるからだ。

【ならば西野亮廣氏はどうやって
絵本製作に映画製作レベルの
分業化を成立させられたのか?】

ここで西野亮廣氏が駆使したのが…

それこそが【信用経済】だ。

彼は前記した【絵本製作の映画製作レヴェルの分業化】と
その有用性、ビジネスとしての拡大をサロンで提示した。

これに感銘を受けた、各パートの専門家が次々と手を挙げた。

さらにその上澄みを西野亮廣氏がブレインと共に掬い取り、
映画製作にも引けを取らない一流の人間達でスタッフチームを結成した。

その結果…

【えんとつ町のプペル】が完成したのだろう。

その結果は誰もが知る所。

その拡散における異次元の方法は語らない。
数多の余人がこのオタクダーなどよりもずっと詳しく熱く語っているからだ。

この流れは素直に凄いと思ったが、しかし

最初期のパブリックイメージは

【話も自分で書いていない・絵も自分で描いていない詐欺行為】

と言うものだったと思う。

この記事を読んでいる方々の中にも
そう思っていた人は多いのではないだろうか?

ここから映画までの流れはあえてすっ飛ばそう。

様々な人がそれは語っているのだから。

ただ少しだけ語るのならば…

西野亮廣氏が絵本の分業の提示をしなければ…
たった一つとはいえ、大きな才能を持つ個人が埋もれてしまった
可能性があったのではないか?

という事。

彼らは西野亮廣氏の提案に自分の将来や

ブランディングをかけて参加し

結果、各々の仕事において

大きな経歴を手に入れ、

そして…

成功したのではないか?

そうは考えられないだろうか?

必要な将来への投資として

明確な理解と意思を持ち

自己のスキルを提供したクリエイターを

自分達は果たして「騙された人」と笑えるのか?

それだけは考えてみるのも良いかも知れない。

さて、オタクダーとしてはこの流れにおいて、
岡田斗司夫(オタキング)が語った造語
【セカンドクリエイター】に注目したい。

オタキングが語った【セカンドクリエイター】とは
同人誌世界における【二次創作者】に間違いがなく、
「それを制御するのは非常に有効で、かつ難しい」
と言うような表現をしたことは実に秀逸だったと思う。
(西野氏がそれを何処まで理解できたかは分からないが)

そしてそれは

【二次創作者のエピソード・新解釈】の

【公式追認】と無関係であるとは思えない。

 

【東方Project】

(ゆかりん初登場の尊いタイトル・東方妖々夢)

 

【東方Project】は自機が美少女と言うシューティングゲームで
現在はタイトー在籍のゲーム開発者であるZUN氏が
システムもシナリオもキャラクターデザインも音楽も
たった一人で作り上げたと言う怪物コンテンツ。
同人作家には二次創作を無限に近い形で容認し、、
法人にはそれを許諾しないという、当時では信じがたい
手法で世界中に多くの信奉者を獲得した。

故にオタキングが東方を全く意識しないで発言したとは思えない。

【セカンドクリエイターの萌芽】

東方のキャラはどれも魅力的で
新作が発表されるごとに増えていくキャラクター毎に
派閥が出来る程の熱狂者を生んだ。

当然、大量の二次創作作品が生まれ
やがては東方Projectオンリーの同人誌即売会も乱立した。

現在最大のイヴェントはビックサイトで行われる博麗神社例大祭(通称例大祭)
であり、その参加人数は50000人を軽く超える。

(オンリー同人誌イベントとしては破格の規模となった例大祭)

 

【オタキングがほのめかしたセカンドクリエイターと準公式的作家の台頭と公式追認の歴史】

二次創作の世界では、そのキャラクターや
カップルごとに【神絵師的存在】が生まれる。

やがて
彼等の作品中で生まれる公式以外の解釈やエピソードを
他の作家が取り入れ、多くの読者のマインドが追認すると言う現象が起きた。
簡単に言うと、ジャンル内に

【あの設定公式だよな?】

【もう公式で良いよな?】

と言う流れが生まれたのだ。

この流れが生まれた時…ZUN氏は

「それでいいんじゃない?」
「その設定公式にも取り入れるよ」

と言う驚くべき姿勢に出た。

これは大きかった!

年寄りの表現で申し訳ないが
【キン肉マンの超人デザイン募集以来の衝撃だった】
と個人的には感じる程だった。

優秀な、もしくは多くの共感を得られる二次創作品を
想像できるクリエイターならば、自分の創造した
エピソードや解釈が公式化するのだ!

こんなにうれしい事は無い(アムロ・レイ)

初期の原作(ゲーム)だけで言えば
往々にしてカップルとして扱われる
博麗霊夢と霧雨魔理沙は別に仲が良くも無いし

(カップルで描かれる事も多い博麗霊夢と霧雨魔理沙)

 

 

ほのぼの家族【八雲一家】の八雲紫も
自分の式神である八雲藍を部下として重要視していても、
八雲藍の式神である橙は認識さえしていない。

(八雲紫(右)とその式神の八雲藍(左)そしてググっても原作画が出てこない八雲橙)

 

 

これら二次創作者の魅力的な後付設定の定着は、
東方Projectの世界観を更に広め、結果、
そのブランド力とマーケットは世界レヴェルに拡大した。

この原動力の根幹は何だったのか?

もう言うまでも無く

オタキングが「セカンドクリエイター」と仄めかした

オタクダー的に命名すれば「アドバンスド二次創作者」
の存在であると断言しても良いだろう。

大切な事は二つ

二次創作者が生み出し
受け手たちの受容した認識を公式が受け入れた事。

そして

利益を最重要視する企業にはその門戸を開かなかったと言う所。

ここをオタキングは少し理解できても
ビジネスを効率的に理解し勧める西野亮廣氏が
どこまで理解・認識できるか?

仮に彼がオタクマーケットに目を向けるのであれば…
あくまでそうならば…
彼の理解度が今後の作品制作や動きを左右する筈だ。

 

 

【アズールレーン】

この流れならもう一つ語らべき作品がある
それは【アズールレーン】だ。

【アズールレーン】は中国企業が
角川のゲームコンテンツ【艦隊これくしょん】のヒットを見て

(アズールレーンのパクリ元ゲーム・艦隊これくしょん)

そのコンセプトを丸パクリした艦船擬人化ゲームコンテンツだ。

結論から言うと
角川は絵師・クリエイターを軽視蔑視し、
一旦デザインをさせたら最後、クリエイターには
一切の発言権も自由(キャラクターを使った同人活動など)も与えず、
パテントなどの利益は一切享受させず、
やがて斜陽に至ったという事と

【アズールレーン】を制作した
海蛮啾網絡科技有限公司と厦門勇仕網絡技術有限公司が
クリエイターのデザインしたキャラクターの同人活動における
自由使用を公認した事、その二次創作における設定や解釈、エピソードを
随時公式化して積極的採用した姿勢で、丸パクリ後追い作品ながら成功を
収めたという話に尽きる。

カドカワがクリエイターを蔑視し極限まで軽んじて来た経緯は

1990年代初頭の【メディアワークス問題】まで遡り、

(お家騒動と原稿のずさん管理と紛失で多くの作家が連載をタイトル変更の上で
コンプからガオへ引っ越しする事になった角川の伝統クリエイター軽視と蔑視)

 

【けものフレンズ2】に至るまでの流れを語らねばならない。

(いやマジ死ねよ!ホント死ねよ!の…けもふれ2の大炎上)

オタクダー的にはその卑劣や無能、怠慢への憤りを

30万文字以上のテキストでも表現しきれない………ので
(ミカサ的なイントネーション)

…今回は割愛する事にする…

 

【アズールレーン】の公式は前述の通り、
オフィシャルデザイナーの同人活動に寛容だった。

そうした環境下で、公式デザイナーたちは
同人や自分のツイッターカウントなどにおいて、
自分のキャラのイラストや設定、エピソードを
かなり自由に扱ってファンを喜ばせていた。

ファンたちは時にそうした個人活動でのイラストや設定、
そしてエピソードを甘受し、公式と同人の境を意識せず、
シームレスに楽しんでいた。
そして公式はユーザーである彼らの意識を尊重する形で、
それらの一部、イラスト・設定・エピソードを追認と言う形で公認し、
商品化に活用さえした。

これは誰もが喜んだ。
その流れはライブ感覚的で面白くもあったし
当然盛り上がった。

一方で

これは有効極まりないマーケティングでもあった、

なによりも

商業的には人件費を消費することなく、
クリエイターが勝手に宣伝用イラストや
設定・エピソードを書いてくれて
非常に有効なマーケティングが出来る。

その結果、収益アップに繋がるクオリティーを
自社コンテンツである【アズールレーン】に実装する事ができた。

当然の結果として、コンテンツは数字を挙げる事になった。

この流れ

運営はずる賢いか?

クリエイターは被害者か?

ユーザーはタダでマーケティングに参加させられたのか?

見る限りでは

誰も損はしていなくない?

誰もが楽しみ誰も傷ついていなくない?

まあ総括すると(主観的に心理的に)

これは法人が東方Projectの手法を作家・ユーザーの
意思を更に積極的に掬い取る事で成立した事象ではないだろうか?

公式運営のクリエイター尊重と活動への寛容、

そしてユーザーへの細やかなサーチと配慮…

これを

これを日本の法人は行わず

クリエイターとユーザーを軽視し

中国の企業は逆の思想と手法で
成功を成し遂げた。

…国辱だ…
これは大きな国辱だと!
1人でも多くの日本人オタクに認識して欲しいと!
オタクダーは常々思っている!

本筋から大いに離れてしまった…

オタクダー的に定義する【アドバンスドクリエイター】
【準公式たる影響をユーザーに与えうる二次創作者】
彼らの協力を金銭の授受無しに確保できるという事が
ご理解いただけたのなら幸いだ。

オタクならば解ってもらえると信じる。

この流れでもっと凄い事も理解できる筈
…オタクならば…

 

【5万円払って後かたずけする権利を買う】

西野亮廣氏は2019年8月から9月にかけ、東京タワーで個展を開き、

その会場の後片付けをする権利を5万円で販売した。

この現場には西野氏はいないと言う。

…これはサギなのか?

千鳥の大吾は2021年の初頭でも尚、西野亮廣氏を
「まだ捕まっていないだけの詐欺師」と表現していた。

その意見の賛同者は、特に芸人の中では非常に多いそうだ。

まあ全然解らんでもない。

でも少し考えてみよう。

例えば【コミケスタッフ】

(コミケに心臓を捧げた我らオタクの守護神・コミケスタッフ)

 

地方から仕事を3日間休んで炎天下でも極寒の中でも
金銭的対価の全くない状態でひたすらに働く彼らは

【思考停止の馬鹿】なのか?

【騙された可哀想な人】なのか?

違うだろ!(豊田真由子)

オタクダーの前でもしもそんな事言ったら…
目の前でコミケスタッフをそんな風に侮辱したら…

ルーザーアーム(必殺技)食らわすからな!

…例えば…
地方から参加するスタッフの事を考えてみよう。

彼らは片道何万円もかけて東京に赴き
3~5日も自分のお金でホテルや宿泊施設に泊まり
夏の暑さにも冬の寒さにも負けずコミケの為に働いてくれる(涙)

彼らの意識は概ね高い。

コミケの三日間だけじゃあない!

毎年三回開催されるコミケの【拡大集会】にも
時に彼等は二回以上とか参加しているのだ!

(コミケスタッフは開催日以外にも、年2回以上は拡大集会に参加しなければならない)

 

職業に貴賤は無いけれど

毎回多くの現役医師たちがコミケの医療スタッフとして
軽傷軽度の参加者から緊急を要する重傷者迄、
数百~数千の体調不良者の治療や措置を行っている。
(それで自分がぶっ倒れたりしている)

地方からやって来て行ってくれている
医療スタッフさんも居るし、
看護師さん介護士さんだって沢山いる。

この行為を金銭でカウントしたら

いったい何100万円になる事か?

でも

僕たち参加者が尊敬し感謝してやまない彼らから

「金貰えねえからやってられねえ!」

なんて言葉聞いたことある?

一回も無いよ!

彼らは確固とした意思と自己決定でコミケに参加し貢献し
支える事で自己確立をして、結果愛され尊敬されているんだ!

自分がコミケを支えているとい言う自負と誇りを

参加者やサークルからの感謝の言葉以外何も受け取らない
そう言う矜持と行動で自己実現しているんだ。



コミケスタッフの極限まで厳しい労働状況は
ワタミトップの言葉や強要する奴隷労働とは
似ていても、根本的には全然違う。

コミケスタッフは
全体の動きも状況も必要なだけ把握して動いている。
(例外はあるかもしれないが)

ワタミグループに違法な状況で拘束されている
経済奴隷と彼らはやはり全然違う。

…少なくとも僕たちの価値観ではね(オチ)

 

【それじゃあ西野サロンの人々はどうか?】

  • 単純に騙されている信者の人々か?
  • 西野ビジネスの将来に金銭やスキルを投資しようと思っている狡猾なビジネス至高の人々か?
  • 半分くらいは状況を把握している信奉者か?
  • その考えや思想信条に共感心酔して協力を惜しまない協力者か?

正直オタクダーには解らない…

ただ単純な詐欺行為では書籍としてヒットするような

ビジネススキームは生まれない様な気もする…
(時に巨大な新型詐欺犯罪は正当なものと誤認され脚光を浴びたりもするが)

ただ個人的に一つ思う事は
西野ビジネスに協力や投資をする人々は
彼のサロンを好んで常駐する人々は

少なくとも肉親が亡くなった時に
神の名も開祖も教義も知らない宗教の僧侶に対し
あの世での名前を貰う為に(またはその代金とも理解せずに)
十万単位の現金をポンと渡してしまう普通の人々よりは
しっかりと考えた上でよっぽど明確な自己決定と行動を
行っているのではないか?

大体ここまで書いてきたシステムなんか全部ぜ~んぶ!
数千年前から宗教がやって来た事だしね(オチ)

そんな風に思わないでもないオタクダーであった。

因みにオタクダーは
例え西野亮廣氏から一億円の可能性を示唆された
スキームを提示されても
指一本も動かす気は無い!
(そんな事、絶対に言って貰えないけれど…)

だって彼にはオタクにとって一番重要な【中身】がカラッポだからね!

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